
エウレカ日誌 #番外編 「100種類のラブソング」について
このたび、先生たすけて5thシングル
「100種類のラブソング」をリリースしました。
もう聴いてくれたかな。
今回はファンクラブエッセイ「エウレカ日誌」番外編として、
セルフライナーノーツのようなものを書いてみようと思います。
大前提として、わたしは曲の解釈は人それぞれ派です。
それぞれが自分自身に重ねて聴いてくれることが、なによりもうれしい。
その上で、あくまで「作者本人の中ではこういう曲なんだよ」という前提で、少しだけ言葉を残します。
最初に言います。
「100種類のラブソング」は、"心中"(相愛の男女がいっしょに自殺すること)の曲です。
わたしの中では、ハッピーなラブソングでも、
片想いの切ないラブソングでもありません。
「来世でも会おうね」という歌詞が、その象徴だと思っています。
「あなた」は、死にたい気持ちをずっと抱えながら生きていて、
「私」はそれを、なんとなく知っている。
冗談だと信じたくて、でも本当で。
そして、先に逝ってしまったあなたに向けて、
私は100種類の、わたしなりのラブソングを贈り、
命を断ちます。
来世でもどうか覚えていますように、という願いを込めて。
そのときに書くラブソングって、どんなものなんでしょう。
もしかしたら忘れてしまうかもしれない想い。
今世に残せる、最後の言葉。
1つや2つじゃ、きっと足りない。
だから100種類書く。
そうすればきっと大丈夫。
私のすべてを、最後にあなたへ贈れる。
そう思ったのだと思います。
私が描いた「100種類のラブソング」は、こんな世界でした。
でも、曲の解釈はリスナーの数だけあると思っています。
みんなはどんな物語を想像して聴いていますか?
よかったら、コメントで教えてください。


